高橋淑子教授が、第30回(2010年)猿橋賞を受賞 (2010/04/23)

 

【受賞についてのコメント】

この度は身に余る賞をいただき、光栄です。
私は大学の学部や大学院時代、海外留学時代、そして帰国後に立ち上げた研究室や学会において、常にすばらしい指導者と仲間に恵まれました。この賞は、私の研究人生でご縁があったすべての方々のご支援のおかげで受賞できたのだと思います。心から感謝いたします。
猿橋賞は、50歳未満の女性研究者に贈られる賞です。猿橋勝子先生は生前、「賞をもらったからといって安心するのではなく、これからさらによい研究をしな さい、そして若い研究者の育成に努力しなさい」という強いメッセージを残されたときいております。猿橋賞の名に恥じることなく、研究者として生き物に謙虚 に向き合い、また生き物の美しさを知ることの喜びを後輩達に伝えていきたいと思います。

【猿橋賞とは】

猿橋勝子博士(1920-2007)によって1980年に創立された「女性科学者に明るい未来の会」を母体として、毎年1名、自然科学分野において優れた研究をおさめた女性研究者に贈られる賞。

【猿橋勝子博士とは】
地球化学者として世界的業績を残した研究者。海水中に含まれる微量物質の検出と分析に関して、卓越した技術と解析力を発揮した。1954年、ビキニ環礁沖 で行われた米国水爆実験の犠牲となった第五福竜丸事件にあたっては、海水の汚染濃度を正確に分析し、米国の圧力に屈することなく被爆と汚染の実体を明らか にした。猿橋氏は自身の研究のみならず、我が国における女性研究者の地位向上に多大な貢献をした。「女性科学者に明るい未来の会」は、猿橋博士が私財を投 入するとともに、本会の趣旨に賛同した友人の寄付などによって創立された。

 

【研究業績要旨】

第30回 猿橋賞受賞者 高橋淑子氏の研究業績要旨
受賞研究題目 「動物の発生における形作りの研究」
Studies on organogenesis during vertebrate development


高橋淑子博士は、動物の個体発生にみられる形作り(形態形成や組織形成)のしくみを、細胞の挙動や遺伝子制御の観点から理解する研究を行っ てきた。特に高橋氏が注目したのは、隣り合う細胞あるいは組織の間に働く相互作用の実体とその役割である。これらの相互作用がうまく機能するような 細胞 —組織—個体 のつながりを、それを制御する遺伝プログラムの視点から理解しようとする研究では、従来型のアプローチでは限界があり、独自の解析法を考案 する必要がある。以下、高橋氏の研究成果の代表例を概説する。

 

<細胞変化と組織作りを結びつける「司令塔」の発見>
胚内で新たに3次元的な組織がつくられるとき、しばしば細胞の形態変化を伴う。しかしこれら2種類のイベントが独立に進行するのか、あるいはなんらかの共 通シグナルの元で統合的に制御されているのかについてはほとんど知られていなかった。これらの問題を解くために、高橋氏は初期胚における体節分節を新しい 解析モデルとして確立した。
体節は骨や筋肉の前駆体であるが、初期体節の形成過程では、もとは一続きであった組織の中に次々と「切れ目」が生じ、その結果として多くの小組織が生み出 される。このとき、切れ目部分の細胞の形態も劇的に変化する(間充織—上皮転換)。高橋氏はまず、トリ胚の移植操作を利用して、切れ目付近の細胞が、「はさみ能力」をもつことを見いだした。次に、はさみ能力の分子実体がエフリンであることを明らかにした。エフリンは隣接する細胞間で働く「反発分子」として 知られる膜タンパク質である。エフリンさえ働けば、体節にハサミが入って切れ目ができるのである。この証明のために用いた解析は、ニワトリ胚の移植操作 と、高橋氏が独自に考案した体節への遺伝子導入法とを組み合わせたものである。
さらに、エフリンが働くとその細胞は形を変えて上皮細胞になることを見いだした。このようなエフリンの「ダブル技」によって、切れ目が作られると同時にそ の付近の細胞が上皮構造をとることを示した。このように組織構築(細胞集団)と細胞の形態変化(一つの細胞)を同時にコントロールする「司令塔」の存在の 報告は世界でもほとんど例がなく、先駆的な研究と評価されている。

 

<連続した組織形成には同じ遺伝子が繰り返し使われる> 
高橋氏は、体節の切れ目付近に存在していた細胞が移動して背側大動脈まで辿り着き、そこで血管内皮細胞をつくるという、全く予期せぬ現象を見いだした。血 管をつくる前駆細胞が「遠方」から移動する例として世界で最初の報告となり、ハサミ分子として働いたエフリンが、そのまま血管細胞の移動と分化に「転用 (或はリサイクル)」されるという新規概念を創出した。

 

<生体内のさまざまな出来事を俯瞰する研究>
胚内において、さまざまな組織が絶え間なく、かつスムーズに進行するしくみは、いまだ多く謎に包まれている。「切れ目」と「血管形成」は、胚内では連続的 に起こる現象であるが、両者を結びつける遺伝プログラムの仕掛けは、明らかではなかった。高橋氏のこれらの研究は、発生生物学及び生命科学の分野で独創性 の高い研究として高く評価されている。