「記録すること、Publishすること」

慶應義塾大学 発生分化生物学教室 須田年生  

 「血管-神経ワイアリング」の新学術領域研究が発足して、すでに3年、高橋淑子さんのリーダーシップのもと、新しい領域が立ち上がっていくのを実感しています。

 昨年、国際シンポジウムは奈良の能舞台で行われました。外国からも多数のエクスパートが参加し、とてもいい研究会だったと思います。靴を脱いで舞台に上がり、話し始めると、三方から見られていること、真下に聴衆がいるということで、普段にない感覚がしました。会のあと、興福寺を通って駅まで戻ろうとしたとき、淑子さんが、「塔の向こうの山が、三笠山です」と教えてくれました。
「あまの原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」 遣唐使として唐にわたり、高位についた阿倍仲麻呂の歌です。望郷の歌とされたこの歌は、帰郷できる感慨を歌ったものだと解釈されることもあります。それが、もしかすると、早逝した旧友を偲んだ歌とも言われるようになりました。
2004年、仲麻呂の友人である井真成の墓名碑が中国西安で発見されたのです。 井真成は、勉学に打ち込んでいましたが、734年正月に急逝し、玄宗皇帝より「尚衣奉御」の官位を贈られ国葬された、と記録されています。この墓誌が出てくるまで、だれも井真成なる人物を知らなかったわけですが、おそらくは、仲麻呂とともに唐にわたり、学問を競った友人であったろうと思われます。私はこのエピソードが大好きです。ひとつは「記録すること」の威力です。記録があれば、1200−1300年前のことが時空を超えて蘇ります。そして、無名だった人、忘れ去られた事象をまざまざと現出させるのです。
なぜ、こんな文章を書いているか、もうお分かりになったと思います。 論文は、記録物ですから、いつか蘇ることがあるのです。もちろん、発刊時点から高く評価されればうれしいのですが、数年後に、「この事象を最初に発見したのは・・」と言われれば、もっとうれしいかもしれません。最近、新聞は多くの科学論文を紹介するようになり、 日々、先陣争いが繰り返されている感じがします。もともとJournalはJourに由来し、その日における価値を競う新聞と、永続性をめざす論文では、ある意味、対極の価値観にあるのかもしれません。
造血発生の分野では、ようやく、大動脈の血管内皮細胞から、造血幹細胞が出現する様が捉えられるようになりました。また、そこに働く分子の解析も進んでいます。しかし、100年以上前、あるドイツの解剖学者は、ブタ胎仔の背側大動脈に、造血細胞のクラスターがあることを、しっかりとスケッチしているのです。熟成されたワインのように、何年後かに花開く論文を書きたいものです。この班研究からも不朽の論文が出ることを祈ります。

 

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