私には細胞の声が聞こえる。もちろん細胞が実際に音を出しているわけではない。しかし、細胞同士がヒソヒソ話をしていることを、私は知っている。

 私は発生生物学を専門とした研究を行っている。たった一つの受精卵からどのような仕組みで体が出来上がるのか、その謎を解き明かす研究だ。一つの受精卵が一回分裂すると2個の細胞になる。それがさらにもう一回分裂すると4個。そして8個、16個、32個と、その数を増す。このように細胞の数がふえていき、1兆個になったとしよう。(成人の体は約60兆個の細胞から成る。)仮にその1兆個がすべて同じ性質だとすると、その集団は単に「肉団子」のような格好になるはずである。しかし私達の体は、決して肉団子ではない。頭、心臓、神経や筋肉など、正しい形と正しい機能をもつ組織や臓器で作られているのだ。では発生が進む際、細胞はいつ、どこで、どのようにして神経や筋肉などに分かれていくのだろう?このような問い、つまり細胞分化の謎を四六時中考えているのが、発生生物学者と呼ばれる人種である。ノーベル賞で有名になったiPS細胞も、細胞分化研究の長い歴史の上に花開いた成果であるが、実際の研究現場は、かなり地味な、かつ根気のいる活動によって支えられている。

 私が「細胞の声」に気付き始めたのは、フランス留学中の時だった(正確にはポスドクと呼ばれる身分であり、例えると、独立前の寿司職人のようなもの)。パリ郊外のバンセンヌの森に佇むその研究所は、発生学の研究で世界をリードする活気溢れる研究所であった。

 その研究所のボスは、女性研究者のニコル・ルドワラン教授。第2回京都賞受賞のために来日されたとき、当時大学院生だった私に声をかけてくれた。これがきっかけとなり、私はフランス行きを決心した。1988年に博士号を取得し、日本を飛び出した。当時は博士号をもつ女研究者は珍しく、ましてや独り身で海外の武者修行に出ようなんていう破天荒な女は「ヘンな人」といわれる、そういう時代であった。

 初めてのフランス。見るもの聞くもの、すべてが新鮮だった。初めてパリを歩いたとき、まるでおとぎ話の中にいるようだった。一方で、郵便局や市営地下鉄が簡単にストライキをするなど、日本人の私には理解しがたいこともあった。焼きたてのフランスパンには舌鼓。私は今でも料理は下手だが、ディジョンマスタードと白ワインビネガー、そしてオリーブオイルを使って作るドレッシングだけは、(日本人の)誰にも負けない自信がある。

 さて、研究所での生活といえば、決してメルヘンチックでは無かった。ルドワラン先生はきびしかった(こわかった)。研究所の所長である彼女とディスカッションするためには、二重扉の向こうの所長室に入る必要がある。タイミングを間違えて1番扉と2番扉の間の狭い隙間に挟まれると、真っ暗で不気味。なんとか所長室にたどりつくと、そこに哀れな豹が一頭、逆さにぶら下がっているのが眼に入る(つまり豹一頭分の毛皮が壁にかかっている)。不気味。「私も下手すると、あの豹のように内蔵をえぐりとられるのかも」。
 
 内臓をえぐり取られたら大変だ。私は死にものぐるいで実験をした。大方のフランス人は夕方5時になるとさっさと帰るので、実験室が広く使え、そして静かに集中できる。私を含め研究所全体がニワトリの卵(胚)を使った発生研究を進めていた。少しずつ、ニワトリ胚と「語り合う」のが楽しくなる。小さなニワトリ胚を顕微鏡で覗くのだが、実はニワトリ胚もこちらを見ているのだ。しかも向こうから「小さな声で」語りかけてくる。ニワトリ胚は、体にくらべて眼が大きい。クリクリっとした可愛い眼で見つめられると、どっきりする。今思えば、フランス語が下手くそだった私は、ニワトリ胚と会話している気分になって、楽しんでいたのかもしれない。

 我々の研究では、発生中の胚を人工操作したときどのような影響がでるかを調べることによって、本来の発生過程で何が起こっているのかという真理を突き止める。このようなタイプの研究を実験科学という。細胞移植や遺伝子操作などの実験が中心となる。研究者が胚を操作するというと、人間が自然を征服したかのような「上から目線」の感覚になりがちだが、実はその関係は逆さまであることに私は気付いた。つまり、ニワトリ胚が私に真理を教えてくれるのである。発生の仕組みを知るためには、ニワトリ胚が語る言葉を静かに聞かなければならないのだ。

 胚の中の細胞たちは、一時も「じっと」はしていない。常になんらかのドラマが起こっている。それこそが、私達の体が肉団子ではなく、組織や器官が正しく作られる仕掛けなのである(たとえば神経が長く伸びたり、次々と筋肉細胞が作られたり)。その様子は、まるで仏教における「諸行無常」という哲学をそのまま具現化したようなものだ。

 胚の中の細胞を眺めていると、人間の社会とよく似ていることに気付く。リーダー格の細胞が現れて、まわりの細胞達にいろんな司令をとばす。この司令塔細胞が壊れると、その後の組織や臓器の形成がうまく進まず、やがて発生が停止する。たとえ生まれたとしても、さまざまな病気になってしまう。細胞の社会における司令塔細胞の役割は、蛋白質や遺伝子レベルで少しずつ解明されつつある。しかし問題は、発生過程の、いつ、どこで、どのような司令塔が現れるのかを、どうやって突き止めるのか、である。司令塔細胞は一種類ではなく、胚発生が進むと共に、からだのさまざまな場所に、しかも異なるタイプの司令塔が次々に出現するのだ。

 例えば「黄金の宝物がこの近くに埋まっているから探せ」といわれたら、必死になって探すだろう。しかし、宝物があるかどうかすらわからない、しかもその宝物の色形もわからないとき、多くの人は宝探しには興味を示さない。発生過程で働く司令塔細胞という宝物をみつけるには、研究者のイマジネーションと直感がものをいう。サイエンティストと聞くと、固く冷たい感じをもたれるかもしれないが、最後に勝負を決めるのは、科学者の感性である。そしてその感性は、圧倒的な好奇心によってのみ鍛えられるのだ。

 司令塔細胞の発見例として、背骨作りのしくみの例を紹介しよう。私達の背骨は、小さな骨が何十個も縦に連なって出来ている。このような繰り返し構造を「分節」とよぶ。もとは一続きの組織から、どのようにして分節化がおこるのか。わかりやすいイメージとしては、羊羹をその端からナイフで一切れずつ切って行くようなプロセスと思ってもらったらよい。では胚内で分節をつくる「ナイフ(あるいはハサミ)」の実体とはなんだろうか?私達はニワトリ胚を使って、ハサミ細胞の存在を突き止めた。背骨のもとになる組織内の「切れ目」部分の細胞だけを切り出してきて、その細胞を別の胚の、本来は絶対に切れない場所に移植した。するとそこに切れ目が出来た。つまり移植した細胞は、ハサミ細胞として働いたのである。これらの細胞を詳細に解析したところ、反発分子と呼ばれる特殊な蛋白質をもっていることがわかった。反発分子が働くと隣の細胞を毛散らかし、そこが切れ目となる。なんとも巧妙な仕組みである。

 サイエンティストが一番大切にするものは、オリジナリティ。自分色のサイエンスを生み出すことにすべてをかける。オリジナリティの大切さを私の体に吹き込んでくれたのが、フランスのルドワラン先生であった。ルドワラン先生はその昔、高校の教師をしつつもどうしても研究がやりたくて、30代後半から本格的に研究を開始した(無給を覚悟、しかも2人の小さな子供連れで)。そして彼女自身が発見した細胞標識法を使って、それまで全く謎だった末梢神経系(感覚神経や自律神経など)の成立機構を一気に暴いた。トリ胚を用いて得られたこれらの成果は、マウスやヒトなど哺乳類を対象とした研究現場においても、バイブルのような存在として扱われている。

 フランス留学中のある日、ルドワラン先生があの可哀想な豹の横で、彼女自身が築き上げたバイオロジーの美しさを蕩々と語っていた。聴き惚れていた私に向かって、「ヨシコ、あなたにしかできないことをやりなさい」と勇気をくれた。そのとき彼女は、胚の声を聞きなさい、と言いたかったにちがいない。

 興味深いことに、「○○の声を聞く」という表現を、他からも聞くことがある。私が住んでいる奈良では、東大寺や薬師寺など、古代寺院の復元のために宮大工さんが腕をふるう。あるときテレビを見ていると、宮大工の棟梁さんが、「もっと木の声をきけ!」と後輩を厳しく指導されていたのが印象的だった。南極氷の掘削隊は、何十メートルも長く細く掘られた氷の柱を前にして、「氷の声が聞こえる」と言う。そこには、何万年、何十万年もの地球の歴史がそのまま氷の中に埋まっているのだ。アフリカに住むゴリラ研究の世界的大家である山極寿一教授(京都大学)は、「ゴリラに語らせる」と表現する。何かを極めようとする人たちは、自分が人生をかけている対象に思いを寄せる。そうすると、自ずとその声が聞こえるようになるのだろう。

 細胞の声を聴き続けたい。そのためにも、細胞が語る小さな小さな声を聞き逃さないよう、研ぎ澄まされた心を持ち続けていたいものだ。

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